0330官邸前大抗議行動 大草みきさん(学校職員)スピーチ全文

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0330官邸前大抗議行動

大草みきさん(学校職員)スピーチ全文

私はある私立学校で、創立以来の資料を収集して管理する仕事をしています。

歴史的な資料というものは、メモ1枚でも保存するのが基本です。それがどういうことの役に立つのかはのちの時代が決めることで、保存すること自体が大切なのです。

そんな当たり前のことが、国家のレベルで守られていなかったことに、大きな驚きと怒りを感じます。

 

2012年のおわりに第二次安倍内閣が誕生して以来、本当にひどい事が起き続けています。この5年間、日本の政治状況はどんどん悪くなってきました。生活が苦しい人や、仕事に忙殺されている人が増えて、余裕がないから政治の事など考えなくなっています。そうなるのが狙いで、わざとブラックな仕事を増やしているのではないかと思うほどです。

今の国会で取り上げられている、“働き方改革” だか “働かせ方改革” だかにしても、働く人のために考えられている内容でないのは明らかです。この法案が長時間労働や非正規雇用の問題、低賃金の解決策になるはずもなく、一部の経営者の利益のために進められているものとしか思えません。このような法案が通ってしまえば、今以上に低い賃金で仕事に縛り付けられる人が増えて、生活に余裕のない人が増えれば、ますます政治のことを考える時間などなくなります。どうせ「貧すれば鈍する」を狙っているのでしょう。

 

安倍内閣の支持率がいまだに30%もあるという世論調査がありますが本当なのでしょうか? 

身近に安倍支持者がいないので私には信じられません。

 

安倍内閣とその支持層というのは「自分と自分の関係者が、“いま”、金儲けできれば、その他がどうなろうと知ったことじゃない」と考えている人ばかりのように思えます。現政権を支持しない人たちとか、将来の世代が、どんなに苦しい生活を強いられようが、困った状況に陥ろうが、そんなことはどうでも良いと考えているのではないか。

人権よりも、金儲け優先。「好き好き大好き! お金が大好き!」そういう人たちの集まりに見えます。

そんなにお金だけが大事なのでしょうか? お金のために、国土が荒廃しようが、人々が疲弊しようが構わないのでしょうか?

私はそうは思いません。

ですが、今の日本は、お金大好き人間だらけの、ひどい国になってしまいました。

これも、2006年に、前の安倍政権が教育基本法を“改変”した“成果”なのかもしれません。

 

こんな状況でこんな国なのに、不満の声を上げる人がまだまだ少ないのが不思議です。現状に満足している人が多いのでしょうか? 今の日本はひどい状況だとか、もっと一人ひとりが、生きることに満足できる国にしたいとか、このままでは子どもたちに申し訳ないとか、思わない人が多いのでしょうか?

 

政治の話題を避けたがる人が多いけれど、そもそも政治は生活に直結する重大な事です。難しいと言って遠ざけて、問題に取り組もうともしないで、話題にすらのぼらせないで

「何か困った事があっても政治の専門家がなんとかしてくれるだろう。」

「子どもや孫たちの代までに自然になんとかなるだろう」

と言って何もしないことは、間違っているのではないでしょうか。

将来世代の不幸を踏み台にした目先の利益なんて、求めるべきではありません。

今年のお正月にも年賀状に「穏やかで幸せな一年になるようお祈りしています」と書いて来た人がいました。印刷だからいつも同じ文面なんですけど、お正月に祈るだけでは「穏やかで幸せな一年」なんてぜったいに訪れません。

自分の考えを持って、政治のことを言葉に出して、行動しないとだめでしょう。

祈るだけでは何も変わらないのです。

政治は専門家のものではないし、他人に任せておくものではありません。

本来、そういう自分の考えを持って主張できる主体的な人間を育てるために、教育が重要なのです。ところが、安倍首相と仲間たちによって、教育が破壊されています。これは大問題だと思います。

 

いま政権を握っている人たちは、嘘を言うことに何の抵抗も感じていないし、人々の幸福とか、将来の日本を良くするための政治を行おうなんて、ひとつも考えていないのではないか。目先の、自分に関わる、一部の人々の利益のために、未来の人たちの幸福まで奪っている。

彼らが言う「国民」というのは、安倍内閣を支持するごく一部の人々のことで、その他大勢の人間は無視されています。このデモに集まっている私たちは、彼らにとっては「国民」ですらないのかもしれません。

 

安倍政権の5年間で行われたことを思い出してください。

  • 特定秘密保護法の強行採決(2013年12月)
  • 集団的自衛権の行使容認の閣議決定(2014年7月)
  • 私たちが「戦争法」と呼んで反対してきた安全保障関連法(2015年9月)
  • 共謀罪(改正組織犯罪処罰法)(2017年5月)
  • ほかにも原発の再稼働も次々と進めているし
  • 内閣人事局を創設して官僚の人事権を握り
  • 最高裁判事の人事にまでも介入が疑われています。
  • 国会では、野党の質問時間も削減してしまいました。

「建設的な議論」だとか「国民に対して丁寧に説明する」だとか、「謙虚に」、「真摯に」、「十分な審議時間を取って徹底的に議論する」とか言っておきながら、実際には国会で野党の質問者に対して小馬鹿にしたような態度を取り、ヤジを飛ばし、答えをはぐらかして、的外れな答弁で長々と時間を浪費する‥‥‥ 丁寧な説明もしないし、徹底的な議論からは逃げてばかり。挙げ句の果てに、官僚を使って虚偽、隠蔽、改ざんです。許せません。

 

野党議員だって国民が選んだ議員です。 その議員からの質問は、国民からの質問じゃないですか。まともに答える気もないくせに、「しっかり、ていねいに説明する」とか「真摯に受け止める」とか、大嘘だけはつく総理大臣。みっともなくて見ている方が恥ずかしいです。

「まさに」「しっかり」「ていねいに」やっているのは、国民の財産である公文書の改ざんなんじゃないでしょうか。

 

早く辞めてほしいと心から願っています。

ただ、辞めるだけではダメです。首相が代わっても、また同じように操られる人が総理大臣の椅子に座るのでは同じことの繰り返しです。

日本の政治はそろそろ、根本的に大変革をしなければいけないところまで来たと思います。

公文書を改ざんするような人たちが権力を握れてしまう、そんな状況を改善しなければ、私たちは将来を生きていく子どもたちに申し訳ないじゃありませんか。

選挙制度、司法制度、教育‥‥ 問題はたくさんあります。理想を持ってやっていくしかありません。

 

私の勤める学校の昔の保護者に、著名な政治学者がいます。丸山眞男さんと言います。

丸山眞男さんはPTA発行の会報誌に次のような言葉を残していますので、最後に紹介します。

 

安保問題に限ったことではなく、ここ数日来の国会の動き、ベトナム賠償問題にしろ、戦闘機種問題にしろ、国民がどうも納得が行かないまま多数をたのんで強行してしまう。こういう政府与党のやり方に対し、あんまりひどすぎる。国民をなめるなという感情がああいう形で現れたんだと思う。(中略)

暴力行為がいいとは決していえないが、その是非を云々する前に、まず本当の議会政治とは何ぞやという反省が大切だ。政府側では、鬼の首でもとったように国会周辺デモ規正法の立法化を急ぐことだろう。テレビなんかみても嬉しそうな顔で「まことに憂慮すべき事態でありまして‥‥‥」なんていっているね。イギリスあたりの例をとって立法化を当然の事のようにいっているが、果してイギリス国民は、法律があるから国会デモをやらないかというと大いに疑問だね。デモなんかやらないで済む政治がそこにあるからだといいたい。法律ばかり作って縛ろうとしたって非合法を覚悟すればどんな事でもやれるよ。議事堂があって議員がいるから議会政治が行われているというわけにはいかない。その中で何が行われているかが問題なんだ。大体議会政治ってのは簡単にいえば、国民一人一人が政治に対する要請を、自分が選んだ代表者――つまり国会議員だな――を通じて政府に要求する。その為に4年に1回選挙があるわけだが、国民はその代表者に4年間の白紙委任状を手渡したというのでは決してない。気に入らなければいろいろな形で――今度の請願もそうだし、警職法が潰れた時の一般輿論の喚起もそうだ――議会のやり方に干渉することが出来る。そうでなければ絶対多数をとってしまえば、採決すれば必ず多数党の方に決定してしまうから、何も討議する必要はなくなってしまう。多数決の原理というのは少数意見を尊重した上のものであるという民主主義の根本精神なんてものは、どっかに忘れられているね。(「お茶の間政談」丸山眞男和文集1/丸山眞男手帖の会編/みすず書房/2008年に収録)

※岸信介内閣がアメリカとの間で行っていた「安全保障条約改定」に反対する運動(60年安保闘争)が高まる中で、1959年11月27日、反対派の人々が国会議事堂を包囲し、警官隊の静止を破って国会構内になだれ込むという事態が起きました。その翌日に、生徒のお父さんとお母さんがお茶の間で話している会話という形式で、匿名で掲載された投稿記事です。

 

私たちは絶対に白紙委任しません。

政治家たちの不正に対しては抗議を続けます。

 

以上です。

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